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正確に言葉の意味をたどれば、「詭弁という言葉は、古代ギリシャの時代ソフィストと呼ばれる…」と歴史の説明から始めることになるが、それではいつまでたっても本題に入らないので、このシリーズでは詭弁をこのように定義し先に進むことにする。詭弁の歴史が気になる方は、野崎昭弘『詭弁論理学』という名著があるのでご参照ください(下にリンクがあります)。
一言に詭弁といっても、いくつかのパターンに分類できる。まず、大きな括りとしては、「その言明が論理的に正しいか、誤りか」という分類が可能だ。前者の詭弁が「嘘を信じ込ませる」技法であるとすれば、後者は「本当のことから嘘を生み出す」技法である。
今回は、後者の「論理的に正しい詭弁」について見ていくことにしたい。
概要
論理的には正しいのにも関わらず、相手を騙す言明をするためには、「文脈」を活用する必要がある。聞き手が当然に前提としている文脈をあえて無視することで、相手に間違った結論を導き出させるのだ。
例:「昨日、何時に帰った?」「夜中までには帰ったよ」
このような場合に、実際に帰ったのは15時だったのにも関わらず、「夜中までには帰ったよ」と答えとしても、夜中までに帰ったというのは嘘ではない。しかし、聞き手は「それなりに正確な時間を教えてくれるはず」という期待をもっているので、このように言われた場合、話し手が夜中近くまではその場に残っていたと思い込むことになる。
このような、話し手と聞き手が共有する文脈(聞き手が話し手に対して持つ期待)について、言語学者のポール・グライスは、協調の原理という以下の4つのルールを記述している。会話においては、これらの一般原則を話し手と聞き手双方が共有していることによって、適切な伝達が可能になっているのだとグライスは分析した。
1 量の公理 - 求められているだけの情報を提供しなければいけない。
2 質の公理 - 信じていないことや根拠のないことを言ってはいけない。
3 関連性の公理 - 関係のないことを言ってはいけない。
4 様式の公理 - 不明確な表現や曖昧なことを言ってはいけない。
これらの原則が破られると、聞き手の誤解を招いたり、あるいは言外の意味が生じたりすることになる。例:「あなたの名前はなんですか」「ロバート・デ・ニーロです」
このとき、名前を問うた聞き手は、冗談を言われているのか、相手は自分に名前を教えたくないのだと考えるだろう。これは、話し手の「ロバート・デ・ニーロです」という発話が、明らかに質の公理に反しており、その事が聞き手にも明らかだからである。
これらの公理を悪用すれば、論理的には間違っていないことを言いつつ、相手に都合のいい誤解を生じさせることができる。
使用法
以下では、協調の原則が逆用(悪用?)された具体例をみて、この戦略の使用法を探っていこう。
消防署の方からきました
このフレーズにピンとくる読者の方はどれくらいいるだろうか。これは、古典的な訪問販売詐欺の手口である。まず、制服らしきものを来た者が家に突然現れる。そして「消防署の方からきました。お宅の消化器を調べてもよろしいでしょうか」などと言って消化器を調べるフリをし、使用期限が切れてるだのなんだの難癖をつけて、必要もない消化器を売りつけていくのだ。
詐欺師の言い分としては、「消防署の方角から来た」ことに嘘はないので、自分が消防署の関係者であると思ったのは騙されたほうの勝手な勘違いであるということになる。これは、量の公理(自分の身分を語る際には、漠然に過ぎる情報(方角)を与えてはいけない)と、関連性の公理(自分が来た方角という、何ら関係のない情報を与えてはいけない)の両方を破っていると言える。
ブロンストン判決
ブロンストン判決とは、アメリカの連邦最高裁判所の判決である。この事件は、映画製作者であるサミュエル・ブロンストン氏が、彼の会社が破産保護を受けた際の債権者委員会で行った証言につき、偽証罪に問われたものだ。債権者委員会でのやり取りは、以下のようなものであった。
Q. あなたはスイスの銀行に銀行口座を持っていますか?
A. いいえ
Q. 持っていたことはありますか?
A. 私の会社が6ヶ月ほどチューリッヒに口座を持っていました。
これらの証言は、全て真実だった。しかし、よく見ると分かる通り、二番目の質問は質問に対する直接的な回答にはなっていない。実は、ブロンストン氏は個人的にジュネーブに口座を持っていたことが後に明らかになった。そのため、ブロンストン氏は偽証罪で告発されることとなった。
連邦最高裁は、本件につき、以下のような理由で、ブロンストン氏に偽証罪の成立を認めなかった。たしかに、一般的な聴衆であれば、ブロンストン氏の答えは、彼が一度もスイスに銀行口座を持っていなかったと信じたかもしれない。しかし、我々が行っているのは「カジュアルな会話」ではない。法は、ミスリーディングな証言を処罰することを予定するものではない。本件に必要だったのは、「正確な尋問(precise questioning)」であった。
対策
ブロンストン判決において、バーガー判事が指摘したように、これら「協調の原則の逆用」に対する一番有効な対処方法は、適切な補充質問(followup question)をすることにある。「消防署の方からきました」と言われれば、「あなたのご所属は?」と聞けば相手は嘘をつくか退散するしかないし、「私の会社が6ヶ月ほどチューリッヒに口座を持っていました。」と言われれば、「あなた自身はどうですか」と聞けばよかったのである。
協調の原則というのは、そもそも我々がそういう煩わしい(そして無駄の多い)会話をしなくて済むように、暗黙のルールとして成立しているものであり、それを最初から疑ってかかることは容易ではない。「ん、こいつなんか怪しいぞ」と思ったとき、あるいは自分がきちんと真実を見定めなければならない立場であるときは、このテクニックを思い出すとよいだろう。もちろん悪用する側でも構わないが。
さて、最後に頭の体操をしよう。
以下の場合に、破られている協調の原則はなんだろうか。そして、どういう補充質問をすれば、正確な答えが期待できただろうか。
タイムリーな典型例がきた。これだけだと「記録を確認したけど、記録には存在しなかった」という風に理解してしまうが、官房長官の説明と合わせると、「記録は破棄されていたからそもそも確認のしようがなかった」ということらしい。上手い。 https://t.co/XW0IqyOJVe
— Rapple (@rapple001) 2018年5月22日